82-3 対打の準備

これまでに全く撲り合いをしたことがない人

(普通、そうなのですが)は

自分が撲られると思うだけで恐怖で身が竦むものです。

身體が固くなり動作も鈍くなるのです。

これを何とかしなければなりません。

この場合は目の前に出てきた拳に対応する稽古です。

そのために考え出されたのが組手です。

もっと丁寧な言い方をすると約束組手です。

約束組手は技の使い方の稽古と

一般には捉えられていますが 

初心者に於いては相手の攻撃に対して脅えない、

立ち竦まないようになるためのもので、

恐怖に慣れ、且つ 立ち向かえるようするのを

中心にするべきなのです

それは恐怖に怯える事なく

立ち向かえるようにするための稽古の第一歩なのです。

これが出来るようになると技が正確に

自由に使えるようになるのです。

相手の突き技に対して冷静、

正確に防禦技を使うのですが、

この時 手や肘 腕の形、位置、動きの軌跡を正確に準えるように

細心の注意をしながら稽古します。

ここが正確に出来るか否かで

その人の上達が決まると言ってもいいくらいです。

ここを雑にすることで技の崩れが始まるのです。

後での修正はほぼ不可能と言ってもいいくらいです。

そのために相手の攻撃を受け損なっても

怪我をしないように

間合いは通常より大きく摂ります。

恐怖に慣れてきたら徐々に正規の間合いに戻していき

相手の攻撃を受け払うようにします。

       令和4年1月17日

 82-2  準備をしておくという事

真珠湾攻撃を立案した

航空参謀の源田實中佐(當時)は

手記の中で航空機搭乗員の體調は

離陸から約1時間後くらいが最高で

以後疲労が溜まって行くし、

1時間未満だとまだ調子が出ないといっています。

だいたい、日米両軍とも基地(空母)から

1時間くらいの距離から攻撃を仕掛けています。

距離にして300kmから400kmくらいですか。

失敗したのはマリアナ沖海戦の時の日本海軍です。

アウトレンジ戦法といって

2時間くらいの距離から攻撃を仕掛けて

ボロ負けしてます。

米軍からはマリアナの七面鳥狩りと揶揄されてます。

我々が試合とか稽古を始める場合でも

やはりそのように考えて準備をしておくべきなのです。

朝起きて1時間未満だと まだ體が完全に目覚めておらず

本調子ではありません。

2時間以上前には起きておくべきですね。

食事も食後最低でも1時間、

出来れば2時間以上前に摂っておくべきですね。

あまり早く摂るとまた空腹になるし、

結構面倒なのです。

當然ですが前夜の夜更かしはとんでもないことです。

飲酒も軽くして控え気味にしておくといいですね。

これらのことが當り前に出来るようになるのには

相當年月がかかるものです。

   令和4年1月13

82-1 新年おめでとうございます

令和4年 寅年最初のブログです。

「武術を武術たらしめているもの」のブログの続きです。

空手やボクシングなどの格闘技の稽古と

最も異なっているものがこの「功」と言う概念です。

それも筋トレを含む「外功」と違って

意識や呼吸を練り上げる「内功」は

どうにも我々にとっては厄介です。

ここで要求れさるのは

感覚の鋭敏化、明確化です。

熱感や圧力感、鮮明感といったものが

重視されるわけですから。

ここのところがどうにも判りづらいのです。

體の中に意識を向けて 

その時の感覚を摑み取ると言うのが

そのトレーニングのポイントなのですから。

そのためには既存のトレーニングとは別の

新たなトレーニング體系が必要なのです。

これは殆ど初めから構築していかなければなりません。

これが難しい理由のひとつでもあるわけです。

         令和4年1月7日

81-50 武術を武術たらしめているもの(4)

今年最後のブログになります。

今回は「按」を取り上げてみます。

按(勢)は太極拳を始め 

いろいろな武術で使われており

馴染みが深いものです。

ところがその内容については 

ただ単に掌で触る、

押す、

押し跳ばす、

掌底突き、といったもので

一打必倒とか

一撃必殺といった強猛な武技である

という認識は殆ど見られません。

本来ならば正拳中段突き以上の

威力を誇るはずなのにです。

本来なら太極拳や八卦掌の看板技であるのも

宜なるかなというわけです。

現今では

真っ當な按の技法は失傳し 

極僅かに一部の人たちの間で伝承されてるのみです。

これは私の独断ではなく華僑の方も言われています。

その按の復元がこのブログの目的です。

實際の稽古は拗歩、

順歩での按を繰り返し、形と動きを覚えます。

次に實際にミット打ちと対人での稽古をして

その感覚を身につけます。

それから摟膝拗歩、攬雀尾、

單鞭などの套路での稽古となります。

ミット打ちや対人での稽古は 

空手で言うところの正拳中段突きや 

巻き藁突きに相当するものです。

この時に大事なのは威力を出す稽古なのに

自分の内部感覚に意識を集め

微妙な感覚を掴むことなのです。

外的な威力の発揮に意識を持っていくと 

ほぼ失敗します。

動画は按の感覚を掴む参考にしてください。

  令和3年12月28日

81-49武術を武術たらしめているもの(3)

上記の動画は氣を使った發勁の様子です。

比較の為 物理的な力を使った發勁もアップしました。

物理的な力の発勁では

勁力がボールの弾力に吸収されます。

ここから本題です。

例えば手を上に挙げているとします。

これが踊りの一つのポーズとして挙げている場合と

武技の型の一つとして挙げている場合とでは

その認識(意識)の中身が異なります。

武技の場合その挙げた手には

相手の拳なり手刀なりの攻撃技を

防禦する意図がありますから

挙げた手に抵抗なりショックなりがあったとしても 

それに打ち勝とうとする意識が働きます。

ですけど踊りの場合にはショックや抵抗が感じられたら 

慌ててその手を止めるか

中途半端な挙がり方のままになるかのどちらかになるでしょう。

その挙がるのを妨げているものに

打ち勝って挙げることはしないでしょう。

ということで

ここではまず何を意図しているかによって動きが、

結末が変わってくるのです。

更に武術の技であるならばその動き、

型に美しさを求め、意識することはないでしょう。

結果として美しくなることはあってもです。

更にあります。

それは武術の型、動きを真似ていても

踊りとしてやっている場合には

形式的には武術に見えても

その演じている人の認識がまるで異なりますから

長い歳月をかけて稽古していても

武術の技としては殆ど役には立たないでしょう。

これが武術(技)には氣(合い)を入れてやれの中身です。

                  令和3年12月22日

81-48 武術を武術たらしめているもの(二)

前回でも書きましたが

形式が同じ様に見えても 

意識の使い方によって

その働きに差が出てくるのです。

ただボーッとして漫然と動くのではなくて

武術らしく、

自分は今 武術の稽古をしているのだとの念を

強く持って稽古するべきなのです。

この形や動きにはどの様な意味があるのかを

しっかり考えてやるべきなのです。

ただ、意識し過ぎて全身に力が入り過ぎて

ぎこちなくなりやすいので

注意が必要ではあります。

しっかりと動きや

形式の意味が理解できると

力はほとんど必要なくなります。

速さも要らなくなります。

太極拳の動きを初めて見た人は

あのようもので本當に武術になるのだろうかと

理解に苦しむと思いますが

それにはこのような理由があったのです。

         令和3年12月17日

 81-47 武道を武道たらしめているもの

私が太極拳を始めて46年になります。

今でもそうですが

太極拳は武術(武道)でありながら

健康法でもあると謳っており 

私もその表現に疑問を持ちつつも

何となく受け入れていました。

健康法として優れているということで

年配の男性、

それから女性の方も一緒に稽古していましたが、

果たしてこれで大丈夫だろうかと

心許無く思ったものです。

ですが實際に體調を回復し、

今まで外出もままならなかった人が

外出できるようになり、

日常生活を送る事ができる様になったりするのを

目の當たりにすると、

否応なく効果はあるのだと

納得せざるを得ませんでした。

それに反して

武術(武道)の方は本當に實用になるのか、

その端緒すら見出せませんでした。

これが解決、解明されるのに25年以上かかっています。

ここからの説明はかなり複雑でややこしいものになります。

同じ手を動かすのでも、

健康法の時と、舞踊の時と、武道(武技)の時と、

何も考えずに動かした時とでは異なるのです。

中身が異なるのですが

このことがどうしても解らず困惑したものです。

同じ手を上げるのでも、

舞踊の時と武技の時とでは違います。

中身が、その認識が「質」が異なる事への

理解がどうしても出来なかったのです。

これは偏に私の實力不足のせいだったのです。

動きを意識してやるのと、

意識しないでやるのとでは認識の質に差が出てきます。

當然 動きの質、内容にも格段の差が出てきます。

ちなみに「氣」を使うのも 意識してやることの一つです。

              令和3年12月8日

81の46 素振りと立ち方

日本刀(模造刀)で素振りをしてみます。

不用意に振ると地面を叩いたり

足先を叩いたりします。

實際に真剣を使っての試し斬りでは

足先をに斬りつけたりする事故があるそうです。

足先を斬らないように途中で停めるのですが

十分な勢いを持って(一刀両断できるように)振ると 

なかなか上手く停められません。

それで勢いを殺し

ゆっくり振り下ろします。

それでは一刀両断出来ないのです。

腰を引いた、いわゆるへっぴり腰になり 

腕力だけの力任せの

振り下ろしになります。

十分な勢いを持って振り下ろすためには

前脚の裏を

地面にめり込ますようにするのです。

腰がしっかり前脚に載らないと

上手く極まりません。

この體勢が太極拳とか、

空手で言うところの弓剪歩や前屈立ちなのです。

更に後ろ足を寄せ、歩幅を狭くし、

やや後脚で體を支えるようにしたものが

形意拳の三體式です(これは私の見解です)。

この三體式の時

一見すると後脚に體重の6割から7割を載せただけ

のように見えます。

實際に見てみないとわかりにくいかもしれません。

                 令和3年12月1日

81-45 斜面を打つ

拳、打の補足説明です。

今までの拳、打は當てる対象面を

垂直に想定して稽古をしてきました。

しかし この方法だと習得に時間がかかる事と、

威力向上の点で問題がありました。

そこで拳、打の當る面を少し斜めにしてみたら

すごくやり易くなりました。

絶壁に當てるのではなく 

堤防の法面に當てることを

イメージしていただくといいでしょう。

法面に直角に當てる感じです。

形意拳の崩拳でやると、

捻り墜とす時に 

體重を拳に載せ易くなります。

また掌打の時も 形意拳の劈拳でやると

よくわかります。

踏み込みながら掌を捻り墜とすのですが 

これも體重を載せるのが載せ易くなります。

さらに上達しますと

斜め下ではなく

真下に捻り落とします。勁力が更に強化されます。他の拳法でも按勢は

このやり方で勁力が更に強化されます。

一般的に按勢は

劈拳の如く

真下に打ち墜とすようにやるのが

最も勁力の強化に役立つのでしょう

ただ このやり方だと勁の進行方向を垂直方向から

水平方向に変化させる為のレッスンが

別途必要になりますけど。

ここまで進んで来て 

太極拳の起勢の型の意味がよくわかります。

あれは當に絶大、

強猛な勁力の出現を想定しているのですね。

           令和3年11月24日

81-44 対練法

今回は対練法ですが 

實際の稽古に入る前に

対人練習法の本質を考えてみます。

そもそも素手の格闘術は

自分の手元に武器がない時の対武器対応法として

発達してきました。

全ての徒手格闘術はここが原点です。

なぜ対武器からなのかというと、

そもそもヒトはモノ、

道具を扱うようになってから急激に発達してきた

という歴史的事実があるからです。

通常危険な所に行くのに手ブラで、

丸腰で行く人はいないと思います。

何がしかの得物を携えて行くはずです。

相手が武器を持ち、

こちらが丸腰の場合、

まず相手の武器を無害化する所から闘いは始まります。

一方相手はそんなことはなく 

一方的に攻撃を仕掛けられます。

武器持ちは圧倒的に有利です。

その時の対処法は

相手が武器を持って仕掛けようとする

出鼻を挫くのです。

攻撃の準備を始めようとする

まさにその瞬間を狙って手首を抑えます。

いいですか、

相手が構えるのを待つのではなく 

構えようとするその直前を狙って 

間髪を入れず接触し制圧するのです。

ですから間合いを見極める事がとても重要になります。

お互いの距離が遠いと不利になるので

相手の間合いに

不用意に入らぬようにしましょう。

狙うのは 手首、小手、肘です。

そこを抑えます。

この時 掴もうとすると

一瞬こちらの反応が遅れますので注意します。

触りに行き 抑えるのです。

   令和3年11月18日