81-49武術を武術たらしめているもの(3)

上記の動画は氣を使った發勁の様子です。

比較の為 物理的な力を使った發勁もアップしました。

物理的な力の発勁では

勁力がボールの弾力に吸収されます。

ここから本題です。

例えば手を上に挙げているとします。

これが踊りの一つのポーズとして挙げている場合と

武技の型の一つとして挙げている場合とでは

その認識(意識)の中身が異なります。

武技の場合その挙げた手には

相手の拳なり手刀なりの攻撃技を

防禦する意図がありますから

挙げた手に抵抗なりショックなりがあったとしても 

それに打ち勝とうとする意識が働きます。

ですけど踊りの場合にはショックや抵抗が感じられたら 

慌ててその手を止めるか

中途半端な挙がり方のままになるかのどちらかになるでしょう。

その挙がるのを妨げているものに

打ち勝って挙げることはしないでしょう。

ということで

ここではまず何を意図しているかによって動きが、

結末が変わってくるのです。

更に武術の技であるならばその動き、

型に美しさを求め、意識することはないでしょう。

結果として美しくなることはあってもです。

更にあります。

それは武術の型、動きを真似ていても

踊りとしてやっている場合には

形式的には武術に見えても

その演じている人の認識がまるで異なりますから

長い歳月をかけて稽古していても

武術の技としては殆ど役には立たないでしょう。

これが武術(技)には氣(合い)を入れてやれの中身です。

                  令和3年12月22日

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください