81-47 武道を武道たらしめているもの

私が太極拳を始めて46年になります。

今でもそうですが

太極拳は武術(武道)でありながら

健康法でもあると謳っており 

私もその表現に疑問を持ちつつも

何となく受け入れていました。

健康法として優れているということで

年配の男性、

それから女性の方も一緒に稽古していましたが、

果たしてこれで大丈夫だろうかと

心許無く思ったものです。

ですが實際に體調を回復し、

今まで外出もままならなかった人が

外出できるようになり、

日常生活を送る事ができる様になったりするのを

目の當たりにすると、

否応なく効果はあるのだと

納得せざるを得ませんでした。

それに反して

武術(武道)の方は本當に實用になるのか、

その端緒すら見出せませんでした。

これが解決、解明されるのに25年以上かかっています。

ここからの説明はかなり複雑でややこしいものになります。

同じ手を動かすのでも、

健康法の時と、舞踊の時と、武道(武技)の時と、

何も考えずに動かした時とでは異なるのです。

中身が異なるのですが

このことがどうしても解らず困惑したものです。

同じ手を上げるのでも、

舞踊の時と武技の時とでは違います。

中身が、その認識が「質」が異なる事への

理解がどうしても出来なかったのです。

これは偏に私の實力不足のせいだったのです。

動きを意識してやるのと、

意識しないでやるのとでは認識の質に差が出てきます。

當然 動きの質、内容にも格段の差が出てきます。

ちなみに「氣」を使うのも 意識してやることの一つです。

              令和3年12月8日

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