81-31  アフガニスタン

今回はちょっと趣を変えて

アフガニスタン問題を考えてみます。

先日 アフガニスタンの首都カブールが

タリバンに完全制圧されました。

米國のアフガン政策は2001年の占領から20年で

水泡に帰しました。

この問題を考えてみます。

2001年のアフガン侵攻の時 

作家の曾野綾子さんが産経新聞のコラムに

米國のアフガン侵攻は失敗するだろうと書いていました。

曾野さんはその理由として 

ブッシュ大統領と米國の首脳はアラブのことを

何も分かっていないから、と言っていました。

アラブ諸國は國家というより 

イスラム教と部族の寄せ集めにすぎないのだから、

というわけです。

近代國家では「法の下の平等」を第一にしますが 

アラブ諸國は というより

大多数の國では「法の下の平等」が第一ではないのです。

アラブ諸國ではイスラム教が第一なのです。

「メンツ」を重んじ、「義理人情」を大切にします。

これを説明します。

源頼朝の實質主義、不文律の慣例主義をもとに成文化したものが

鎌倉幕府第三代執権北条泰時の「御成敗式目(貞永式目)」であります。

これは當時の武士達が納得できる「道理」を主に作られていました。

武士は「メンツ」と「義理人情」をとても大切にしていまして

これは明治維新の時まで続きます。

明治になって近代法が欧米から入ってきても

日本人の行動原理は「道理」と「メンツ」と「義理人情」が元になり、

その上に「法の下の平等」が乗っかってるという訳です。

アラブの人の行動原理は「イスラム」と「メンツ」と「義理人情」

我が國では「神道」と「メンツ」と「義理人情」。

よく似ていますね。

これがアラブの人が親日的である理由でもあります。

自衛隊がイラクのサマーワに派遣されてた時

現地の人と友好関係を築けてたのも

行動原理が似てたからでもあります。

これから見ると「法の下の平等」は

ちょっと冷たすぎて人情味に乏しいと感じるのは

私だけでしょうか?

                令和3年8月18日

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