79.16 太陽太陰暦(H31.3.16)

小話を一つ。

私は子供の頃から自分の誕生日が不明でした。

両親からいつも「お前の誕生日は戸籍とは違う」

と言われ続けてました。

 

一応戸籍には誕生日は記載されてます。

それなら「いつが自分の誕生日なのか?」

と聞いても 答えは「知らん」。

 

まあいい加減な親でしたね。

干支は「辰?」だそうです。

 

まあその頃生まれたんだろうと言うことでしょうね。

それでも気になっていろいろ調べてみました。

 

氣功や太極拳、八卦掌、形意拳をやると

否応なしに陰陽や五行、易なんてのが

出てきますしね。

 

そこで星占いとか四柱推命とか九星とかみてみると

微妙にズレてるんです。

当たる人は当たってるんですけどねえ。

 

子供の頃 我が家ではお正月を旧正月で祝ってたように思います。

それで旧暦で自分の誕生日を調べてみました。

戸籍の誕生日を旧暦に換算してみました。

しかしこれでもはっきりしませんでした。

 

と言うのも

母から私が生まれた時のことを聞いていたのですが

私の誕生日前、雪が降っていて、

滑って転んで その晩産気づいて

翌未明に生まれたらしいのです。

熊本県人吉市の気象台に問い合わせてその頃の積雪状況を

問い合わました。

しかしながらその頃 年末から年始にかけて

積雪は無かったそうです。

 

それがある時テレビを見ていると

忠臣蔵をやってました。

 

ふと閃きました。

忠臣蔵は旧暦12月14日が討ち入り、

しかしテレビでは年末にしてるし

赤穂市の義士祭でも年末にパレードをしてる、

新暦では翌年の1月30日のはずなのに。

 

これで解けました。

 

そういえば歴史上の事件でも

明治以前のは全て旧暦です。

しかし旧暦との断りなしに

新暦に置き換えて説明してるものが多いですね。

 

私の場合でもほんとは旧暦の生まれなのを

新暦に換算せずにそのまま届けてるんです。

 

そのころの田舎のことですから

出生届が少々遅れても御構い無しだったのでしょう。

 

また干支が「辰」なのは

多分いい加減に考えて

呑気に春分から干支が代わると思ってたのではないのか。

まあ長男が産まれたと

嬉しくて一杯も二杯も引っ掛けて遅れてた可能性は大です。

 

めんどくさいことは気にしない、気にしない。

 

一応ウチの親父のために言い訳しますが

ウチの田舎では農作業の為かなり遅くまで

旧暦、太陽太陰暦が使われてました。

それが新暦に切り替わるのが昭和30年前後と思います。

その切り替えの混乱でついウッカリ間違えた可能性はあります。

正月は昭和36年ごろまで旧暦でやってたように思います。

 

私の誕生月は戸籍上は1月ですが

実際は3月に入ってたみたいです。

おしまい。

 

明日の稽古はいつも通りです。

小雨に対応できるようにして来て下さい。

 

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