81-39 闘い方の原則についての考え方

まず刀を持ってたら 原則抜かせない、

ということですね。

これに尽きると思います。

これは相手がそういうことを想定してなかったらかなり有効です。

素手での場合でもそうです。

相手が殴ってきたらどう捌くかという場合、

通常シロウトには対応ができませんよね。

しかし殴られそうになった時手首を抑える、

というのならできそうです。

これでも恐怖感があります。

殴りかかられたら怖いですよね。

しかし殴りかかられる前だったら怖いけどまだマシです。

刀を抜いてる相手に立ち向かうのは

ほとんど自殺行為ですが

刀に手をかけそうになった時

手首を抑えるくらいはできそうですね。

ですから素手で殴られそうになる前に

相手の手首を抑えるくらいはできるでしょう。

動画ではそこら辺を簡単に説明しています。

實際はもっと稽古して

確實に対応出来るようにしておきます。

また手首を抑えられた時の対応の一つとして

八卦掌の第1掌、単換掌を紹介しています。

                      令和3年10月14日

 81-38  接触しての戦闘法

まず相手と立ち向かったら相手の手首を制圧します。

我が國では掴むのが一般的ですが 

掴んだらパンチが使い難くなりますので

手の平か手首、小手で接触します。

この時両手を盾と剣に例えると判りやすいと思います。

左手が盾、右手が剣とします。

このやり方は初心者ほどやり易いと思います。

この戦闘初期に相手に接触するというのは

慣れるのにかなり時間がかかります。

通常、無意識に相手から離れ、

距離を取ろうとするものですから、

それを抑え従わせる訳ですからね。

相手から抑え、制圧されそうになったら、

それを球状に動き外します。

ここらは太極拳の推手が役に立ちます。

また反撃には拳より掌の方が使いやすいですね。

特に女性や非力なものにいいと思います。

                       令和3年10月8日

 81-37  またまた呼吸法

呼吸法に停息を入れるということを

前々回書きましたが

もう一つ付け加えます。

それは息を吐き終わった時も

肚の中を空にしないということです。

通常では息を吐く時は

腹中を空っぽにしますが

少し上達しますと 腹中の息を虚にせず

三割くらい残した状態で

腹圧は加えたままにして吸氣を始めます。

整理しますと 

吸氣から呼氣へ変わるときに停息し、

呼氣から吸氣へ変わる時、

腹中を虚にせず 

腹圧を加えたまま三割ほど息を保った状態で

吸氣を始めるのです。

これにより肚の中が充實してきます。

丹田で呼吸してるわけですね。

この状態の時、技が冴えてきます。

動画を参照してください。

        令和3年10月1日

 81-36 対打、対練法についての考察

私は今年で拳法歴46年になりますが、

どうにも対練法、対打の意味が判りませんでした。

勿論、套路や型、用法なども

一通りは身につけているのですが、

だからと言ってそれらが實戦に役立っているかというと、

そうでも無いのです。

役に立てられない、と言った方がいいかもしれません。

それで實戦は實戦、型は型、対打は対打と

それぞれが別々のものになっていました。

それがこのところ套路とか用法とかの形式を離れて 

ひたすら技の威力を上げる事に熱中していましたら

それが対練法の基礎になっている事に氣づきました。

整理してみますと、

①套路とか技はその形式だけをいくら集中してやっても

ほとんど効果が上がらない事、

②套路や対練の形式を学ぶまでに、

技の威力、勁力の出し方、

勁力の強化法を身に付けておく必要があるのです。

そのためには套路や対打の形式とは

無関係に訓練することから始めて、

套路や対練の形式と関連づけて習得する必要がある

ということであるということです。

つまりは真っ当な上達法で身につける必要がある、

ということです。

              令和3年9月22日

 81-35  呼吸法(三種)

椅子に座って行います。

1番目は 手首を脱力し両手を上げながら吸氣し、

おろしながら呼氣します。

息を吸う時、

肩甲骨を動かして背中を張るようにします。

二番目は 體術を入れます。

吸氣の時 手首を脱力し手首は肩の高さまであげ、

呼氣の時手首を墜とすようにします。

この時判りやすいように

目印に棒を持つと良いでしょう。

三番目は氣功です。

吸氣と呼氣の間に停息して静止を入れます。

三秒ほど停息し 脱力しながら呼氣します。

停息の時間は三秒、五秒、八秒など

適宜自分の呼吸に合わせます。

二番目の體術では動画のようなこともできます。

                     令和3年9月14日

81-34 深呼吸

八卦掌などの拳法、體術などでは實體としての運動以上に

呼吸が重要になります。

これは上級者になればなるほどその重要度は高まります。

が、しかしある程度上達してから訓練を始めて

大変になりますので初心のうちから慣れておく

必要があります。

これはとても大事なことなので

ここに詳述しておきます。

凡そ 我々が異なった複数の技術を身につけていく場合、

身につけやすいものから身についていきます。

實はこれが技のモデルチェンジが難しい理由でもあります。

體術と呼吸法の場合、

體術は目に見えますからわかりやすいのですが

呼吸法は目に見えませんから判り難いのです。

しかも呼吸法はイメージを併用して学びますから

余計習得し難いのです。

ですから體術をしっかり身に付けてからとなると 

ほとんど呼吸法は身につきません。

もう一つの理由は呼吸法がなくても技は使えるからです。

呼吸法の習得時には 呼吸だけではなくて、

呼吸と簡単な動作をくみ合わせてやると

やりやすくなります。

初心のうちはこれで十分です。

   令和3年9月8日

81-33 続々、アフガニスタン(ウェストファリア条約)

前回でアフガニスタンは終わりにするつもりでしたが

もう一回だけやります。

今回のタリバンによるアフガニスタン制圧は

21世紀のウェストファリア条約ではないかと思うのです。

ウェストファリア条約はドイツを舞台にした

30年戦争(1618〜1648)の講和条約です。

これはカトリックとプロテスタントの宗教戦争であり

ほとんどのヨーロッパ諸国が参戦した争われたにも関わらず

何も得るところはなく、ドイツは人口の3分の1を失い

國土は荒れ果て、疲れ果ててドイツのウェストファーレンで

もう、こんなバカなことはやめよう、と話し合って

決めた国際条約です。

主な取り決めは「他所の國に口出すことはやめる」

という事です。

他國が何を信仰しようと口出ししない、という事です。

アフガニスタンがどんな政治体制になろうが

外からの口出しはしない、

ということになるのでは無いかと思います。

アフガニスタンは昔から「帝国の墓場」と言われてきました。

19世紀は英國、20世紀はソ連、そして21世紀は米國。

文明の交叉路と言われてきましたが

関わり合わない方が無難です。

動画は重心の移動を使った發勁です。

         令和3年9月2日

81-32 続、アフガニスタン

前回の続きをちょっとします。

「義理」と「人情」と「メンツ」いう行動原理を大事にしてるのは

我が國のヤクザもそうですね。

何か揉め事があった場合の解決は手打ちで解決します。

「法の下の平等」は

「法」が公平に施行されている場合は問題ないのですが

そのためには我々よりも圧倒的に強い存在がないといけません。

「法」を犯した場合の制裁ですね。

この「制裁」がない場合は「法の下の平等」はありません。

國際関係でも法を犯した場合の制裁がありませんので 

基本的に國家間の力関係で揉め事は決まります。

一応話し合いで決着をつけようとするのですが、

それでも決着がつかない場合は

戦争でカタをつけるということになる訳です。

これがアフガン流というかアラブ流のカタの付け方になります。

ヤクザ風にいうと落とし前をつけるというやつです。

整理しますと 

揉め事の解決には 法を犯した場合の制裁措置が無いために 

お互いの交渉で落とし前をつけて手打ちにする、という訳です。

「法の下の平等」が成立するためには 

きちんとした國家が成立していて、

三権が分立し、

國家の「司法」が正常に機能しているという事ですね。

    令和3年8月25日

81-31  アフガニスタン

今回はちょっと趣を変えて

アフガニスタン問題を考えてみます。

先日 アフガニスタンの首都カブールが

タリバンに完全制圧されました。

米國のアフガン政策は2001年の占領から20年で

水泡に帰しました。

この問題を考えてみます。

2001年のアフガン侵攻の時 

作家の曾野綾子さんが産経新聞のコラムに

米國のアフガン侵攻は失敗するだろうと書いていました。

曾野さんはその理由として 

ブッシュ大統領と米國の首脳はアラブのことを

何も分かっていないから、と言っていました。

アラブ諸國は國家というより 

イスラム教と部族の寄せ集めにすぎないのだから、

というわけです。

近代國家では「法の下の平等」を第一にしますが 

アラブ諸國は というより

大多数の國では「法の下の平等」が第一ではないのです。

アラブ諸國ではイスラム教が第一なのです。

「メンツ」を重んじ、「義理人情」を大切にします。

これを説明します。

源頼朝の實質主義、不文律の慣例主義をもとに成文化したものが

鎌倉幕府第三代執権北条泰時の「御成敗式目(貞永式目)」であります。

これは當時の武士達が納得できる「道理」を主に作られていました。

武士は「メンツ」と「義理人情」をとても大切にしていまして

これは明治維新の時まで続きます。

明治になって近代法が欧米から入ってきても

日本人の行動原理は「道理」と「メンツ」と「義理人情」が元になり、

その上に「法の下の平等」が乗っかってるという訳です。

アラブの人の行動原理は「イスラム」と「メンツ」と「義理人情」

我が國では「神道」と「メンツ」と「義理人情」。

よく似ていますね。

これがアラブの人が親日的である理由でもあります。

自衛隊がイラクのサマーワに派遣されてた時

現地の人と友好関係を築けてたのも

行動原理が似てたからでもあります。

これから見ると「法の下の平等」は

ちょっと冷たすぎて人情味に乏しいと感じるのは

私だけでしょうか?

                令和3年8月18日

81-30 運動を変える

ここしばらく稽古をしていません。

體調がスッキリしないのと 思うところがあって

稽古を控えています。

今までは身體を使う運動をしていたのですが

どうやら新しいステージに入ったようです。

身體を動かすのは意識を動かすためです。

今までは意識で身体を動かしていましたが

これからは 身體を動かすのは

意識を動かすのを 體の動きを見ることで

外から確認するためです。

このことは分かりにくいかもしれませんね。

同じことのように見えるかもしれませんが

全然別のレベルです。

レベルアップしています。

ではまた。

            令和3年8月12日