82-8 爪先の感覚

今回はシンプルに行きます。

技を極める時 足裏のどこに體重を載せるか

と言うのは結構大切です。

踵か、足裏全体か、爪先か。

色々試した結果、爪先がもっとも技の効きが

顕著でした。

正拳にしても掌打にしても威力がまるで違います。

お試しあれ。

   令和4年2月25日

 82-7   バックスピンのコツ

バックスピンが上手く出来ないのには理由があります。

この掌打でもっとも大切なのは

感じる能力です。

筋力でも反射能力でもなく

感知能力、知覚する能力です。

今回の動画でも云っていますが 

相手を圧す時

適切な力で圧すことが必要なのです。

その適切な力の見極めは

一・ 相手を圧す

二・ 相手の身體が動き始めるギリギリの所で圧す力を一定にする。

   要するにこれ以上の力を加えないと言うことです。

   その時も相手が動き出さないように

   加減しながら力を加え続けておく。

三・ その時の相手の身體の感じを覚えておく。 

通常人間は横から圧されると

それに対抗して

姿勢を真っ直ぐに保とうとする機能が働きます。

横からの力が強すぎると

その力に負けて身體が歪み

変形します。

この歪み・変形は何故起こるかと言うと、

歪み・変形する事で身體のバランスを取り 

倒れないようにしているのです。

変形してしまうと

身體を真っ直ぐに保とうとする力は弱まりますから

その直前の力の状態、

つまり「身體を真っ直ぐに保とうとする力」

を知覚できる様にします。

掌打でバックスピンを掛ける時、

相手の肉體そのものではなく

この身體を真っ直ぐに保とうとする力に

向けて打つわけです。

この身體を真っ直ぐに保とうとする力

(一本の線をイメージしてください)に下向きに

擦り下ろす様に打つと決まります。

  令和4年2月15日

82-6 バックスピンを掛ける

掌打で相手を打った時

手前に転がるように打つのを

バックスピンを掛けると言います。

これを實際に試してみました。

相手に體當りをして貰い それを打ち止めます。

安全を考慮してキック用のミットでガードしています。

こちらは形意拳の劈拳で掌打を打ちます。

まともに當てるとこちらが跳ばされるので

軽く羽毛で撫でるように打ちます。

それで下に叩き落とせました。

もっとも叩き落とすというか 

潰すというかビミョーなとこですね。

勢いよくやると受けが地べたに叩きつけられて

危険なので軽くゆっくりやります。

相撲で言うところの叩き込みと言う技がよく理解できます。

もっと熟練したら

大相撲の関取衆にチャレンジしてみたいですね(妄想)。

動画も参照してください。

令和4年2月8日

82-5 内功を使う拳法の特殊な事情

ちょっと題が長くなりましたが 

八卦掌や太極拳、形意拳を習う場合、

前もって長拳とか空手の基本的なものを

履修しておくといいです。

というのも 内功を使う拳法というのは

長拳とか空手の

特殊な 名人的な使い方だという風にも

言えるからです。

拳の握り方や正拳突きの方法、

中段の受け方、上段、下段の受払いなどの

基本中の基本的な事など普通の教室では、

殆ど教えてもらえないのです。

基本的な事ができなくては

型や套路の用法など

全く無意味だと思うのです。

ちなみに私の所では正拳ではなく 

パラ(貫手)で行っています。

その他にも 手刀打ち、受け技、前蹴り、

足刀蹴りなどの稽古もしてます。

   令和4年2月3日

82-4 跟歩の発生

形意拳と云えばあの独特の歩法、

跟歩が有名ですが 

何故 あのような歩法をするようになったのかは不明でした。

それでその理由を考えてみました。

形意拳は元々槍術から発達してきたものだそうです。

すると集団戦、

それも 戦場での槍の使用法ではなかったのかと思います。

槍で突いた後 そのままでは拙いと思うのです。

遠くから槍で突くと脚は大きく開いたままになります。

そのままでは次の動作がやりづらいですよね。

それで後脚を半歩前に引き寄せると

次の動作がやり易くなります。

如上のことから大きく動いた後は後脚を引き寄せて

動きやすいようにしておくのが良いでしょう。

形意拳をやるとき跟歩が甘くなって

困っていたのですがこれで解決しました。

なお動画はこのことの

(つまり刃物を振ってみて後脚を寄せるやり方)

の効果を確認してます。

跟歩のはじまりの始まり(発生)ですね。

     令和4年1月27日

 82-3 対打の準備

これまでに全く撲り合いをしたことがない人

(普通、そうなのですが)は

自分が撲られると思うだけで恐怖で身が竦むものです。

身體が固くなり動作も鈍くなるのです。

これを何とかしなければなりません。

この場合は目の前に出てきた拳に対応する稽古です。

そのために考え出されたのが組手です。

もっと丁寧な言い方をすると約束組手です。

約束組手は技の使い方の稽古と

一般には捉えられていますが 

初心者に於いては相手の攻撃に対して脅えない、

立ち竦まないようになるためのもので、

恐怖に慣れ、且つ 立ち向かえるようするのを

中心にするべきなのです

それは恐怖に怯える事なく

立ち向かえるようにするための稽古の第一歩なのです。

これが出来るようになると技が正確に

自由に使えるようになるのです。

相手の突き技に対して冷静、

正確に防禦技を使うのですが、

この時 手や肘 腕の形、位置、動きの軌跡を正確に準えるように

細心の注意をしながら稽古します。

ここが正確に出来るか否かで

その人の上達が決まると言ってもいいくらいです。

ここを雑にすることで技の崩れが始まるのです。

後での修正はほぼ不可能と言ってもいいくらいです。

そのために相手の攻撃を受け損なっても

怪我をしないように

間合いは通常より大きく摂ります。

恐怖に慣れてきたら徐々に正規の間合いに戻していき

相手の攻撃を受け払うようにします。

       令和4年1月17日

 82-2  準備をしておくという事

真珠湾攻撃を立案した

航空参謀の源田實中佐(當時)は

手記の中で航空機搭乗員の體調は

離陸から約1時間後くらいが最高で

以後疲労が溜まって行くし、

1時間未満だとまだ調子が出ないといっています。

だいたい、日米両軍とも基地(空母)から

1時間くらいの距離から攻撃を仕掛けています。

距離にして300kmから400kmくらいですか。

失敗したのはマリアナ沖海戦の時の日本海軍です。

アウトレンジ戦法といって

2時間くらいの距離から攻撃を仕掛けて

ボロ負けしてます。

米軍からはマリアナの七面鳥狩りと揶揄されてます。

我々が試合とか稽古を始める場合でも

やはりそのように考えて準備をしておくべきなのです。

朝起きて1時間未満だと まだ體が完全に目覚めておらず

本調子ではありません。

2時間以上前には起きておくべきですね。

食事も食後最低でも1時間、

出来れば2時間以上前に摂っておくべきですね。

あまり早く摂るとまた空腹になるし、

結構面倒なのです。

當然ですが前夜の夜更かしはとんでもないことです。

飲酒も軽くして控え気味にしておくといいですね。

これらのことが當り前に出来るようになるのには

相當年月がかかるものです。

   令和4年1月13

82-1 新年おめでとうございます

令和4年 寅年最初のブログです。

「武術を武術たらしめているもの」のブログの続きです。

空手やボクシングなどの格闘技の稽古と

最も異なっているものがこの「功」と言う概念です。

それも筋トレを含む「外功」と違って

意識や呼吸を練り上げる「内功」は

どうにも我々にとっては厄介です。

ここで要求れさるのは

感覚の鋭敏化、明確化です。

熱感や圧力感、鮮明感といったものが

重視されるわけですから。

ここのところがどうにも判りづらいのです。

體の中に意識を向けて 

その時の感覚を摑み取ると言うのが

そのトレーニングのポイントなのですから。

そのためには既存のトレーニングとは別の

新たなトレーニング體系が必要なのです。

これは殆ど初めから構築していかなければなりません。

これが難しい理由のひとつでもあるわけです。

         令和4年1月7日

81-50 武術を武術たらしめているもの(4)

今年最後のブログになります。

今回は「按」を取り上げてみます。

按(勢)は太極拳を始め 

いろいろな武術で使われており

馴染みが深いものです。

ところがその内容については 

ただ単に掌で触る、

押す、

押し跳ばす、

掌底突き、といったもので

一打必倒とか

一撃必殺といった強猛な武技である

という認識は殆ど見られません。

本来ならば正拳中段突き以上の

威力を誇るはずなのにです。

本来なら太極拳や八卦掌の看板技であるのも

宜なるかなというわけです。

現今では

真っ當な按の技法は失傳し 

極僅かに一部の人たちの間で伝承されてるのみです。

これは私の独断ではなく華僑の方も言われています。

その按の復元がこのブログの目的です。

實際の稽古は拗歩、

順歩での按を繰り返し、形と動きを覚えます。

次に實際にミット打ちと対人での稽古をして

その感覚を身につけます。

それから摟膝拗歩、攬雀尾、

單鞭などの套路での稽古となります。

ミット打ちや対人での稽古は 

空手で言うところの正拳中段突きや 

巻き藁突きに相当するものです。

この時に大事なのは威力を出す稽古なのに

自分の内部感覚に意識を集め

微妙な感覚を掴むことなのです。

外的な威力の発揮に意識を持っていくと 

ほぼ失敗します。

動画は按の感覚を掴む参考にしてください。

  令和3年12月28日

81-49武術を武術たらしめているもの(3)

上記の動画は氣を使った發勁の様子です。

比較の為 物理的な力を使った發勁もアップしました。

物理的な力の発勁では

勁力がボールの弾力に吸収されます。

ここから本題です。

例えば手を上に挙げているとします。

これが踊りの一つのポーズとして挙げている場合と

武技の型の一つとして挙げている場合とでは

その認識(意識)の中身が異なります。

武技の場合その挙げた手には

相手の拳なり手刀なりの攻撃技を

防禦する意図がありますから

挙げた手に抵抗なりショックなりがあったとしても 

それに打ち勝とうとする意識が働きます。

ですけど踊りの場合にはショックや抵抗が感じられたら 

慌ててその手を止めるか

中途半端な挙がり方のままになるかのどちらかになるでしょう。

その挙がるのを妨げているものに

打ち勝って挙げることはしないでしょう。

ということで

ここではまず何を意図しているかによって動きが、

結末が変わってくるのです。

更に武術の技であるならばその動き、

型に美しさを求め、意識することはないでしょう。

結果として美しくなることはあってもです。

更にあります。

それは武術の型、動きを真似ていても

踊りとしてやっている場合には

形式的には武術に見えても

その演じている人の認識がまるで異なりますから

長い歳月をかけて稽古していても

武術の技としては殆ど役には立たないでしょう。

これが武術(技)には氣(合い)を入れてやれの中身です。

                  令和3年12月22日